未曾有の大震災と原発事故に見舞われた2011年が終わり、新しい年を迎えた。復興が遅々として進まない被災地や、放射能汚染により住み慣れた地を追われた人々の事を思うと、喜んで新年を祝う気持ちになれない。2011年を永遠に忘れないために回顧してみたい。
仕事 アルバイトとして週に2~3回、新橋にある小さなコンサル会社で仕事をしている。3月11日は会社で机に向かっていた。かって経験したことのない激しい揺れに、すぐさま机の下に潜り込んだ。室内のキャビネットが数本倒れたが、全員怪我もなく幸いであった。しかし交通機関が全て停まり、帰宅難民となってしまった。年度末を控え、仕事に追われていた時期であり、明け方近くまで仕事に没頭できたのがせめてもの救いである。
観能 月2回のペースで年24公演程度を考えていたが、21回能楽堂に足を運んだ。能30番、狂言19番を観た。どれも印象深い舞台であったが、特に心に残る舞台は「融」観世清和(藤波重満三年祭追善能)、「融」友枝昭世(国立能楽堂定例公演)、「姨捨」山本順之(山本順之の会)、「杜若」関根知孝(閑能会)である。
謡会 それまで好謡会・松籟会・閑謡会に参加していたが、3月から奇数月の第1日曜日に開かれる潮謡会に入れて頂き、26回の謡会に出席して素謡83番・連吟14番を謡った。そのうち役としてシテを勤めたのは14番であった。
ガーデニング 自宅の近くに約20坪の畑を借り、野菜作りを楽しんでいる。「愛菜園」仲間15人は3人入れ替わり、少し平均年齢が下がった。7~8年前迄は、菜園の敷地内で「収穫祭」と称して芋煮会などを楽しんでいたが、今は敷地も狭くなり、火を焚くことが出来ないのが残念である。冬野菜は11月過ぎまで高温が続いたせいか、アブラ虫や青虫などが元気で、大根や白菜などが一部やられてしまい、満足のいく収穫ではなかった。夏野菜のトマト・ナス・キュウリなどは、孫の○太郎がオイシイ・オイシイと喜んでくれるので、毎週せっせと娘宅に届けた。庭の桃は摘果が上手くいかず小粒になってしまった。数を欲張り過ぎたせいであろう。今年は心を鬼にして、数を減らし、大粒になるよう心がけたい。
ゴルフ 震災後自粛していたこともさることながら、ゴルフ仲間を二人も失ったため、ラウンド回数が激減し、4回しかプレーしなかった。ゴルフの実力も伯仲し、会社時代からの飲み仲間でもあったO氏とは、年に数回定期的にプレーし、らいおん会などのコンペでも顔を合わせていた。肝臓ガンと診断され、1年後に逝ってしまった。またY氏とは会社時代には一緒にプレーした回数は少ないが、最近の2~3年は4半期に一度のペースでプレーしていた。一昨年9月に肺ガンと宣告され、抗癌剤などの投薬などで闘っていたが、残念ながら5月に負けてしまった。O・Y氏の他にも4人組のS氏の入院、らいおん会メンバーのI氏K氏の故障なども戦線離脱である。不思議なもので、一度ゴルフから遠ざかると、ゴルフに対する熱意が冷めてしまい、プレーしても向上心が湧かない。今年もゴルフの優先順位は現状維持が精一杯であろう。
映画・他 好きな映画も震災前に3本観たに留まってしまった。「最後の忠臣蔵」「悪人」「英国王のスピーチ」といずれも話題作で面白かった。震災後は育ジイに励んだため、映画館に足を運ぶ時間が無くなってしまった。その代わり夏には神奈川芸術劇場での杉本文楽「曽根崎心中」を観る機会に恵まれた。映像や照明など演出を工夫し面白かった。今年は文楽劇場での舞台を観たいと思う。
旅行 2月に優悠会で水上、5月に兄弟会で御宿、7月に中欧4ヶ国、10月にトルコを旅行した。今年は水上での優悠会はS氏の入院により延期となったが、兄弟会は従来通り、海外は北欧か中国を予定している。
育ジイ 今月28日に2歳になる孫の○太郎は可愛い盛りである。車で30分程度のところに住んでいるので、これ幸いとばかり毎週押しかけたり、月に1度はショートステイと称して我が家に連れてきている。熱を出したり、風邪一つひかない健康優良児で、知識欲も旺盛である。今年も更に育ジイ・育バアに精を出し、○太郎の成長を側面援助したい。
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